オーディオロジー

増幅された音楽と音声の音質を同時に向上させる新たな技術

デジタル補聴器の出現以来(それは少なくとも2004年1月以降のことになります *1)、現代のデジタル補聴器が、音にひずみを生じさせることなく、高音量の音楽要素を処理することができるのかどうかという問題は、臨床的かつ技術的関心事項でした。

長期間平均音声スペクトル(LTASS)は言語を問わず、すべてのエネルギーは85 dB SPL以下であるので、補聴器にとっては、比較的低レベルの入力と考えられています。これとは対照的に、録音された音楽は、静かな曲であってもその音圧のピークは100 dB SPLを超えます。さらにライブ演奏の曲では、110 dB SPLを超える音が続くこともあります

ごく最近まで、どのような種類の音楽にせよ、感知できてしまうほどの音のひずみ無しには、補聴器で音楽を処理することができませんでした。このひずみは、構成不十分なアナログデジタル(A / D)変換器のフロントエンド(またはアナログフロント)と世間一般的に呼ばれるものに関係しています。

これまでは多くのフロントエンドは、90-95 dB SPLを超える入力は処理できませんでした。この処理能力はスピーチ(人の会話など)処理には充分ですが、音楽処理については不十分と言えます(参照:www.chasin.ca/distorted_music)*2。

「フロントエンド」によって変換可能な最大レベルは、ごく最近まで補聴器業界で主流となっていた16ビットアーキテクチャに一部では関係しています。

16ビット技術を使用した入力ダイナミックレンジは90-95 dBに制限されていますが、補聴器業界はこの限界を乗り越えるためにかなり独創的なアプローチをとってきました。

補聴器業界ではたくさんの革新的な技術がありますが、これらの独創的なアプローチは、A / D変換への入力を減少後、デジタルで信号を再構築する、またはA / D変換が最適に処理できるレベルを向上するという2つの技術のどちらかに分類されます。

良くたとえられる例を使って説明すると、極めて高さが低い橋や戸口をくぐる際に身をかがめて通る、または橋や戸口の高さそのものを変えてしまう、そのいずれかと言い換えることができます。高音量の音楽(または難聴者自身の声)は、戸口の高さが低すぎるとひずんでしまいます。

近年補聴器メーカーによる技術革新により、入力音減少技術(A / D変換器の前に圧縮器を用いる)と併せて16ビットアーキテクチャの後継となる技術も登場しています。

本稿ではこのような技術の組み合わせの一つについて報告します。 補聴器アーキテクチャの有効ビット数を19または20ビットに増やすことで、110 dB SPLを超える入力についても、知覚できるような音のひずみもなくデジタル化することが可能となりました。

テスト方法

このような技術革新は(補聴器本体に内蔵されている)ICチップ性能の向上と関連しています。先進のICチップは、20ビットの入力ダイナミックレンジに対しても効果的に機能し(113 dB SPLの純音の入力音をひずみなく処理することができます)、このことは、部分的には、A/D変換に先立つ入力圧縮処理にも関係しています。

この革新的技術の組み合わせは、オーティコンのオープン補聴器で実現されていますが、音楽経験がない10人と音楽経験豊富な10人をそれぞれ被験者として、この革新的技術について正式な評価を実施しました。いずれの被験者も経験豊富なベテランの補聴器装用者です。

音楽経験のない補聴器装用者、及び音楽経験豊富な補聴器装用者の2群に分れ、無作為に「旧技術」または「新技術」を搭載した補聴器を装用してもらいました。本実験の実施に際して、補聴器は、被験者それぞれの難聴の程度に合わせて適切に調整し、実耳測定で補聴器調整を検証しました。

被験者が装用する補聴器が「旧技術」と「新技術」のどちらを使用しているのかという情報は、被験者にも補聴器の調整を行う専門家にも知らされませんでした。「旧技術」補聴器では、「A/D変換器前の圧縮器」も「16ビットアーキテクチャの後継」といった「新技術」補聴器にあるいずれの技術も搭載されていませんでした。

各被験者は自身の補聴器を1週間装用後、「旧技術」または「新技術」搭載補聴器を調整装用し、無作為に研究群に割り振られました。

「旧技術」または「新技術」搭載補聴器装用は4週間続けられ、研究の最終段階までに各被験者は2週間の「旧技術」補聴器装用と2週間の「新技術」補聴器装用を無作為な順序で経験しました。

1週間の補聴器装用が終わるごとに、被験者には、コンピュータ版のDOSOスケール(Device-Oriented Subjective Outcome、装置と主体とした主観的成果)が補聴器評価のために実施されました *3。

DOSOスケールについては、開発者で、現在は米国メンフィス大学教授(The university of Memphis, Professor of Audiology)であるRobyn M Cox氏らが論文の727ページに下記のように報告しています。「補聴器装用者を主体とした成果と比較すると、装置を主体とした成果の方が、人間の人格による影響をより受けにくい傾向がある。」

DOSOスケールでは、その週に装用していた補聴器とその前の週に装用していた補聴器の、2つの補聴器を比較評価しています。研究の最初の1週間は被験者自身の補聴器との比較となりました。

データのばらつきを最小限にするため、これらの差異測定は被検者ごとに行いました。したがって、各被験者には2つは 「旧技術」についてのDOSO、あとの2つは「新技術」についてのDOSOで、合計で4つのDOSOスケールが実施されました。

DOSOスケールの項目は40あり、6つのサブスケールに分けられ、各サブスケールのデータが得られます。サブスケールは、スピーチキュー(特定の音環境で会話聞き取りのヒントとなる音が聞こえている)、聞き取り労力(音が明瞭で楽しめる)、静寂性、快適性(音質)、利便性(ユーザーフレンドリー)、と使用感です。DOSOスケールの最後の3つの質問は、使用パターンに付随する項目ですが、本研究はコントロールされた研究であり、このサブスケールについては差異が生じないと思われたため省略しました。利便性については、評価は行ったものの、被験者すべてが装用経験豊かなベテラン補聴器装用者であったため、追加情報は得られませんでした。

Table 1.

表1:*印は、「入力音圧縮機能オン」と「入力音圧縮機能オフ」で統計的有意差(α = 0.05レベル)が見られた楽曲であり、その楽曲を聞いた際に音楽経験豊富群が(音の明瞭性と自然さに基づき)、「入力音圧縮機能オフ」よりも「入力音圧縮機能オン」を好んだことを示しています。

Table 2.
表2:*印は、「入力音圧縮機能オン」と「入力音圧縮機能オフ」で統計的有意差(α = 0.05レベル)が見られた楽曲であり、その楽曲を聞いた際に音楽経験なし群が(音の明瞭性と自然さに基づき)、「入力音圧縮機能オフ」よりも「入力音圧縮機能オン」を好んだことを示しています。

結果

DOSOスケールの37項目のうち、上記の最初の5つのサブスケールの結果を示します。10人の音楽経験豊富群については図1aに、音楽経験なし群の10人については図1bに示されています。

すべてのケースにおいて、最初の4つのサブスケールでは(スピーチキュー、聞き取り労力、静寂性、快適性)、「旧技術」(赤四角)は「新技術」(青丸)よりも有意に低いスコアで、より低いパーセンタイル範囲にありました。各データポイントは、40のDOSOサブスケールの平均値を示しています(10人の被験者×4週間)。各サブスケールのグレーのボックスは50パーセンタイルの範囲を示し、グレーの縦棒はDOSOスケールの80パーセンタイルの標準データを示しています。

評価を実施した4〜5週間の研究期間のどこかの時点で、各被験者はA / D変換を行う前の入力音圧縮機能がオフ(「入力音圧縮機能オフ」)またはオン(「入力音圧縮機能オン」)の補聴器を装用した状態で、録音された音楽を聴いて評価を行いました。20人の被験者に対し、それぞれ8組の音楽サンプルを聞いてもらいました。

各音楽サンプルは無作為に、「入力音圧縮機能オン」または「入力音圧縮機能オフ」用に割り振られました。被験者は、7ポイントスケール4,5 に従って、各音楽サンプルを聞いた際の音の自然さと明瞭さについて評価しました。音の自然さの評価と明瞭さの評価については有意差が見られませんでしたので、各被験者で両方の評価を合算し平均しました。

実験に使用された楽曲は、100 dB SPL入力レベルで録音されました。(補聴器に使用されているマイクの供給先によっても異なりますが、ほとんどの補聴器用マイクはおおよそ115-119 dB SPLが入力レベルの限界です)。楽曲サンプルのスペクトル解析では、「入力音圧縮機能オン」を使用すると、「入力音圧縮機能オフ」よりも16-18 dB大きいレベルの音の処理が可能になることが明らかになりました。楽曲サンプルは、被験者が音質を比較できるように標準化されています。

Figure 1a. Averages for the 10 musicians
図表1a. 音楽経験豊富群10人の被験者のDOSOサブスケールスコアの平均値。赤四角は「旧技術」、青丸は「オーティコンオープン補聴器の新技術」(青丸)の評価を表している。
Figure 1b. Averages for the 10 non-musicians
図表1a. 音楽経験なし群10人の被験者のDOSOサブスケールスコアの平均値。赤四角は「旧技術」、青丸は「オーティコンオープン補聴器の新技術」(青丸)の評価を表している。

結論

補聴器装用者の音楽経験有無にかかわりなく、16ビットアーキテクチャの後継(オーティコンオープンは24ビット DSPを採用)やA/D変換前に使用する圧縮回路(クリアダイナミクス機能)といった、複数の革新的な技術を搭載した補聴器を使用することで音楽を聴く際の音の自然さと明瞭さを今までより向上させることが可能である、ということが明らかになりました。
さらに、本研究の両群で、このような技術の組み合わせを補聴器に搭載することにより今までの旧技術を搭載した補聴器よりも、スピーチキューが聞き取りやすくなり、騒音下での聞き取り労力が軽減され、静寂下での聞き取りが向上し、さらに音質もより快適であったということがわかりました。
Figure 2a. Average preferences
図表 2a. 音楽経験豊富群10人が8種類の録音された音楽を、「入力音圧縮機能オン」または「入力音圧縮機能オフ」の補聴器で聞いたときの、音の自然さと明瞭さに基づいた評価平均。*印は「入力音圧縮機能オン」(青棒)と「入力音圧縮機能オフ」(オレンジ棒)に統計的有意差(α = 0.05)がみられたことを示している。
Figure 2b. Average preferences
図表 2b. 音楽経験なし群10人が8種類の録音された音楽を、「入力音圧縮機能オン」または「入力音圧縮機能オフ」の補聴器で聞いたときの、音の自然さと明瞭さに基づいた評価平均。*印は「入力音圧縮機能オン」(青棒)と「入力音圧縮機能オフ」(オレンジ棒)に統計的有意差(α = 0.05)がみられたことを示している。

謝辞

この研究は、カナダトロント大学(University of Toronto)の倫理委員会(参照番号32422)の承認を受けています。 オーティコンは、カナダトロントのミュージシャンクリニック(Musicians’ Clinics)での、被験者募集と研究従事者給与と事務的な諸経費の一部を負担しました。盲検法(Non-labeled-test)で使用された、「新技術」(オーティコンのオープン補聴器)と「旧技術」の補聴器はオーティコンから提供されました。これらの補聴器は実験の終了後にオーティコンに返却されました。著者は、本研究において研究デザインと技術的サポートをしていただいたJulie Neel Weile、Thomas Behrens、Nicolas Le Goffに、感謝の意を表します。

 

著者並びに参考文献

本稿は、2017年7月号のヒアリングレビュー(The Hearing Review)に記載されたオリジナルの記事を、許可のもとオーティコンが転載しています。

引用文献:Chasin, M. A novel technique to improve amplified sound quality for both music and speech. Hearing Review. 2017;24(8):32-36.

筆者 Marshall Chasin氏について:オーディオロジスト(Audiologist)であり、カナダトロントのミュージシャンクリニック(Musicians’Clinic)での聴覚研究責任者。Hearing Loss in Musicians、The CIC Handbook、Noise Control—A Primerなどの著書を出版、音楽と難聴に対する寄稿なども多数。

参考文献